Home

2012-02-22

311が近づく


福島第一原発へ収束作業の労働者として踏み込んだひとと福島パンクスの講演に行って来た。

まぁた、いいモン食らった。

インターネットのブログなんていう顔の無い人たちが行き交うスペースで書くべき事か?なんて思ったけど。忘れないうちに記録しとこ。

願わくば講演者たちの原意を損ねなければいい。

311以降、こういった講演だったり勉強会に参加してきた。
その度に、オレ達の生きる社会の闇の深さを知る契機となったんだよ。

その闇ってのは、意識を向けなきゃ知覚出来ない闇。
または
叩き落とされ、取り返しがつかなくなって初めて知る暗部。
この国の暗部って巧妙にオブラートがかかってるからね。
自然の摂理の闇とは違う。

そして今、その落とし穴ってのは世界的に日に日に大きく広がってる気がする。
この生活はいつまでも続かない。
今までは運が良かった。



さぁどうしよう?

福島から講演者としてきていたSの言葉の中で
福島の人たちは(オレたちのような)東京に住む人間や、この国の政治に長い間蹂躙されてきても抗議の声をなかなか上げない風土だけど、僕はパンクスとしてプロテストミュージックに慣れ親しんで来た素養があったから立ち上がるHOW TOを実践する事ははそれほど難儀でもない。抗議行動を起こし易かった。
って言葉があったんだ。(発言まんまじゃなくてオレの超訳ね)


パンクスとして福島で奮闘するSの講演を聞いた時に、
ここのブログだったり、音源、ライブ、路上の抗議行動、
いわゆるパンクのコミュニティ/ネットワーク/窓口で表現して、いちパンクスのスタンスで反骨の素地をばらまくことで起こる作用と反作用への期待が持てた。
ソレをキャッチした誰かが何を起こすかは各個に委ねるとして。


もうじき311
手探りだったこの一年。
正しかったかな?何か効果があったのかな?
自身がやった行動。
ムダも多かったと思う。
自己否定の連発。

でもソレにも勝る「吸収」のスピードがあったと思うわ。

オレ達の生きる今生は「VESPERA-夕刻-

オレは活動家じゃない。今後もそう。
いちパンクスというスタンスのまんま。
聴いて来た音楽からヒントを得て吐き出し日常にフィードバックするぐらいなもん。

迷走しながらも足掻いてやろう。